ブルース・クリエイション系
ロックやフォークのファミリーツリーを辿ると、あるバンドから派生した複数のグループの間でメンバーが行き来する、外形からは一つのまとまりのように捉えられる一群が見られます。例えば、海外だとディープパープル系、カンタベリー系、フェアポートコンベンション系など、日本だとゴールデンカップス系やハルメンズ系、そしてブルース・クリエイション系でしょう。ここでは、そのブルース・クリエイション系について紹介します。
■ビッキーズ
ブルース・クリエイション系のルーツとなったのは、「ビッキーズ」というバンドです。グループサウンズの「ジャガーズ」のジュニアバンドで、渋谷のディスコ「グルーピー」の専属でした。レコード・デビューはできませんでしたが、1968年5月、東京12チャンネル(現・テレビ東京)の「R&B天国」という番組で5週勝ち抜いた実績がありました。このバンドに、洪栄龍さん(ギター)、布谷文夫さん(ボーカル)、竹田和夫さん(ギター)が在籍します。布谷さんは、1968年3月に加入しています。彼の友人の大瀧詠一さんが、よく飛び入りで「500マイル」をプレスリースタイルで歌うパフォーマンスを見せていました。洪さんは家業を継ぐため脱退し、1968年8月に後任として竹田和夫さん(ギター)が加入します。彼は、布谷さんの知り合いの竹田ミミ子さんの弟で、まだ高校生でした。9月に、洪さんが音楽を忘れられないと復帰し、布谷文夫さん(ボーカル)、洪栄龍さん(ギター)、竹田和夫さん(ギター)、丸山さん(ベース)、小美戸さん(ドラムス)の5人編成になります。この編成での写真が、黒沢進さんの「日本ロック紀GS編」に載っています。
■ブルース・クリエイション
1969年1月1日に、ビッキーズは「ブルース・クリエイション」になります。ブルース・クリエイションは1972年春に解散するまで、日本のロック界において大活躍します。布谷文夫さんの在籍時は、大瀧詠一さんがビッキーズ時代より引き続いて「500マイル」の飛び入りを行います。大瀧さんは、「二人のブルース」という曲も提供しています。この曲は、その後、布谷さんの持ち歌となり、最終的に「深南部牛追唄」に改作されます。大瀧さんは、この頃はバンドのマネージャーと目されていました。ブルース・クリエイションの活動が充実していたのは、第8期の大沢博美さん、竹田和夫さん、佐伯正志さん、樋口晶之さんの時代だと思います。単独のアルバムの他にカルメン・マキとのコラボレーションのアルバムも出しています。大沢博美さん、野地義行さんは、竹田さんのアマチュア時代のバンド仲間です。
第1期(1969年)
- 布谷文夫(ボーカル)【元・ビッキーズ】
- 大沢博美(ボーカル)
- 竹田和夫(ギター))【元・ビッキーズ】
- 野地義行(ギター)
- 篠崎淳(ベース)→ブラインド・レモン・ジェファーソン、DEW、ツイン、末法、SKY
- 田代信一(ドラムス)
- 志村守(オルガン)
第2期(1969年)
- 布谷文夫(ボーカル)→DEW
- 竹田和夫(ギター)
- 野地義行(ベース)
- 田代信一(ドラムス)
BLUES CREATION
1969年10月1日
POLYDOR
1 CHECKIN' ON MY BABY
2 STEPPIN' OUT
3 SMOKE STACK LIGHTNIN'
4 DOUBLE CROSSING TIME
5 I CAN'T KEEP FROM CRYING
6 SPOONFUL
7 ROLLIN' AND TUMBLIN'
8 ALL YOUR LOVE
第3期(1970年)
- 竹田和夫(ボーカル、ギター)
- 野地義行(ベース)
- 田代信一(ドラムス)
第4期(1970年)
- 竹田和夫(ボーカル、ギター)
- 野地義行(ベース)→パフ、はっぴいえんどのサポート、霧工場
- 田代信一(ドラムス)
- 上村律夫(オルガン)【元・ブラインド・レモン・ジェファーソン】
第5期(1970年)
- 竹田和夫(ボーカル、ギター)
- 山崎隆史(ベース)
- 田代信一(ドラムス)
- 上村律夫(オルガン)
第6期(1970年)
- 大沢博美(ボーカル)【元ブルース・クリエイション】
- 竹田和夫(ギター)
- 山崎隆史(ベース)→頭脳警察、乱魔堂、雪童子
- 田代信一(ドラムス)
- 上村律夫(オルガン)
第7期(1970年)
- 大沢博美(ボーカル)
- 竹田和夫(ギター)
- 佐伯正志(ベース)
- 田代信一(ドラムス)
第8期(1971年)
- 大沢博美(ボーカル)
- 竹田和夫(ギター)
- 佐伯正志(ベース)
- 樋口晶之(ドラムス)→カルメン・マキ&OZ、クリエイション
悪魔と11人の子供達
1971年8月25日
DENON(日本コロムビア)
1 原爆落し
2 ミシシッピー・マウンテン・ブルース
3 ジャスト・アイ・ワズ・ボーン
4 悲しみ
5 ワン・サマー・デイ
6 脳天杭打ち
7 スーナー・オア・レイター
8 悪魔と11人の子供達
カルメン・マキ/ブルース・クリエイション
1971年9月
DENON(日本コロムビア)
1 アンダースタンド
2 アンド・ユー
3 ロード、アイ・キャント・ビー・ゴーイング・ノー・モア
4 空しい心
5 母のない子
6 今日を生きられない
7 ミーン・オールド・ブギー
8 セント・ジェイムス病院
幻野 幻の野は現出したか
1971年12月 創世記(URC)
2A1 悪い夢
*1971年8月14~15日 三里塚幻野祭
白熱のブルース・クリエイション
1989年11月25日
URC(KITTY)
1 ROLLING STONE
2 悪い夢
3 DRINKIN' BLUES
4 悪魔と11人の子供達
5 UNDERSTAND(FEATURINGカルメン・マキ)
6 TOBBACO ROAD
*1971年8月7日 第3回全日本フォークジャンボリー
第9期(1972年)
- 大沢博美(ボーカル)→クリエイション
- 竹田和夫(ギター)→ブラッディ・サーカス、クリエイション
- 松本繁(ベース)→ブラッディ・サーカス、クリエイション
- 内藤正美(ドラムス)→ブラッディ・サーカス、カルメン・マキ&OZ
創世記
2005年2月23日
URC(avex)
1 悪魔と11人の子供達
2 DRINKING BLUES
3 悪い夢
4 ROLLING STONE
5 TOBBACO ROAD
6 ATOMIC BOMBS AWAY
7 BABY PLEASE DON'T GO
8 PRETTY SUE
*1970年8月15日 日比谷野外音楽堂(1~5)、1971年 中津川フォークジャンボリー(6、7)、1970年 渋谷ジァンジァン(8)
■ブラッディ・サーカス
ブルース・クリエイションの解散後、その末期メンバーであった竹田和夫さん(ギター)、松本繁さん(ベース)、内藤正美さん(ドラムス)により、1972年春に結成されましたが、短命に終わりました。竹田さんと松本さんはクリエイションを結成し、内藤さんはカルメンマキ&OZに加入します。
■クリエイション/クリエーション
ブラッディ・サーカスの解散後、竹田和夫さん(ギター)は、大沢博美さん(ボーカル。元ブルース・クリエイション)、松本繁さん(ベース。元ブルース・クリエイション、ブラッディ・サーカス)、樋口晶之さん(ドラムス。元ブルース・クリエイション、カルメン・マキ&OZ)とともに、1972年7月に「クリエイション」を結成しました。ブルース・クリエイション時代以上に大活躍し、世界にも進出します。また、1973~1974年には、並行して「内田裕也&1815ロックンロールバンド」として活動しました。メンバー編成は、大きく見て3次に分かれます。竹田和夫さん、飯島義昭さん、松本繁さん、樋口晶之さんによる第1次、竹田さんのソロ活動時のバンド「竹田和夫&ミッドナイト・ブルー」がそのまま移行した第2次、アイ高野さん(元・カーナビーツ、ゴールデンカップス)をボーカルに据えた第3次です。第3次からバンド名の表記を「クリエーション」に変えます。1984年に解散します。
第1次
1972年
- 大沢博美(ボーカル)【元・ブルース・クリエイション】→大沢博美&ミッドナイト・ムーヴァーズ
- 竹田和夫(ギター)【元・ブルース・クリエイション、ブラッディ・サーカス】
- 松本繁(ベース))【元・ブルース・クリエイション、ブラッディ・サーカス】
- 樋口晶之(ドラムス)【元・ブルース・クリエイション、カルメン・マキ&OZ】
1973年
- 竹田和夫(ボーカル、ギター)
- 飯島義昭(ギター)【元・イーヴル】
- 松本繁(ベース)
- 樋口晶之(ドラムス)
1976年
- 竹田和夫(ボーカル、ギター)
- 飯島義昭(ギター)
- 松本繁(ベース)
- 樋口晶之(ドラムス)
- フェリックス・パパラルディ(ベース、キーボード)【元・マウンテン】
1977年
- 竹田和夫(ボーカル、ギター)
- 飯島義昭(ギター)
- 山内テツ(ベース)【元・ミッキー・カーチス&サムライ、フリー、フェイセス】
- 樋口晶之(ドラムス)
第2次
1978年
- 竹田和夫(ボーカル、ギター)
- 竹内まさひこ(ベース)
- 樋口晶之(ドラムス)
- 桜井久夫(キーボード)【元・大沢博美&ミッドナイト・ムーヴァーズ】
- 包国充(サックス)
第3次
1981年
- アイ高野(ボーカル、パーカッション)【元・カーナビーツ、エディ潘グループ、ゴールデン・カップス、ミッキー吉野グループ、スーパースター】
- 竹田和夫(ギター)
- ヒロ小川(ベース)【元・大沢博美&ミッドナイト・ムーヴァーズ】
- 高木貴司(ドラムス)
- 裵天外(ドラムス)
- 安藤ジュン(キーボード)
■大沢博美&ミッドナイト・ムーヴァーズ
大沢博美さんは、クリエイションを脱退後ロンドンに渡り、帰国後の1975年にこのバンドを結成しました。メンバーは、大沢博美さん(ボーカル)、寺田由紀夫さん(ギター)、小川浩史さん(ベース)、板垣康典さん(ドラムス)、桜井久夫さん(キーボード)にサックスとトランペットを一人ずつ加えた6人です。時折、竹田和夫さんがセッションに加わることもありました。小川さんと桜井さんは、その後クリエイションに加入します。
■DEW
布谷文夫さんは、1969年12月に、ブルース・クリエイションを脱退し、1970年1月に「DEW」を結成します。このバンドに、左右栄一さん(ギター)、洪栄龍さん(ギター。元ビッキーズ、ブラインド・レモン・ジェファーソン)、篠崎淳さん(ベース。元ブルース・クリエイション、ブラインド・レモン・ジェファーソン)、告井延隆さん(ベース→キーボード)が在籍します。左右栄一さんは初代リードギターでしたが数か月で頭脳警察に移籍し、その後ファーラウトに加入します。2代目リードギターが洪栄龍さんで、布谷文夫さん(ボーカル)、洪栄龍さん(ギター)、篠崎淳さん(ベース)、尾口タケシさん(ドラムス)、告井延隆さん(キーボード)という編成で活動しました。その後、布谷文夫さん(ボーカル)、大野久雄さん(ギター)、松本恒男さん(ベース。元・頭脳警察)、内藤正美さん(ドラムス)という編成になり、1971年12月に解散します。洪さんは乱魔堂、雪童子、スラッピー・ジョー、洪栄龍&ピーヴィー、洪栄龍&グローリー・バンドに、篠崎さんは再びブラインド・レモン・ジェファーソン、ジェシー・ジェイムス、ツイン、末法、SKYに、尾口さんはラストショウに、告井さんは乱魔堂とフライのサポート、センチメンタル・シティ・ロマンスに、内藤さんはブルース・クリエイション、ブラッディ・サーカス、カルメン・マキ&OZに、大野さんはフライ、ダディ・オー、コズミック・ララバイに、松本恒男さんは霧工場、ハルヲフォンに参加します。1990年に、「布谷文夫&DEW」として復活しています。
LOST BLUES DAYS VOL.1
2001年3月15日
CAPTAIN TRIP
6 TOBACCO ROAD
7 HARD LUCK STORY
布谷文夫:ボーカル、ハーモニカ/洪栄龍:ギター/篠崎淳:ベース/尾口タケシ:ドラムス/告井延隆:キーボード
*1970年
DEW/布谷文夫
1989年11月25日
URC(KITTY)
1 からのベッドのブルース
2 傷ついて
3 夏は終り
4 フーチー・クーチー・マン・ブルーズ
5 二人のブルース
6 ぼくの天使
7 悲しき願い
布谷文夫:ボーカル/大野久雄:ギター/松本恒男:ベース/内藤正美:ドラムス
*1971年8月7日 第3回全日本フォークジャンボリー
幻野 幻の野は現出したか
1971年12月
創世記(URC)
1B
4 二人のブルース
5 夏は終り
布谷文夫:ボーカル/大野久雄:ギター/松本恒男:ベース/内藤正美:ドラムス
*1971年8月14~15日 三里塚幻野祭
LOST BLUES DAYS VOL.2
2001年3月15日
CAPTAIN TRIP
1 空のベッドのブルース
2 上を向いて歩こう
3 COME ON (LET GOOD TIMES ROLL)
4 深南部牛追唄
5 二人のブルース
6 ナイアガラ音頭
7 GOOD GOLLY MISS MOLLY
6 夏バテ
布谷文夫:ボーカル/大野久雄:ギター/小川浩史:ベース/内藤正巳:ドラムス/照本史:キーボード/鈴木ちか子:コーラス/大野あつ子:コーラス/エムラケンサク:パーカッション/洪栄龍:ギター/矢野誠:キーボード/鈴木茂行:ドラムス/野地義行:ベース/竹田和夫:ギター
*1990年1月29日 新宿HEAD POWER(1~3、5)、1990年3月11日 原宿CROCODILE(4、6)、1990年1月15日 原宿CROCODILE(7、8)
■布谷文夫
布谷文夫さんは、DEWの解散後、ソロになります。1972年8月にシングル「からのベッドのブルース」でソロデビューし、1973年11月に大滝詠一さん、ココナッツ・バンクの協力を得てアルバム「悲しき夏バテ/布谷文夫Ⅰ」を発表します。1975年1月に音楽活動を停止しますが、1976年3月に「ナイアガラトライアングルVOL.1」の「ナイアガラ音頭」で再デビューします。その後、散発的に活動を行っています。
からのベッドのブルース
1972年8月
POP(ビクター)
A からのベッドのブルース
B 台風
台風13号
1973年9月21日
POLYDOR
A 台風13号
B 冷たい女
悲しき夏バテ/布谷文夫Ⅰ
1973年11月21日
POLYDOR
1 五番街
2 冷たい女
3 深南部牛追唄
4 夏バテ
5 颱風13号
6 ニューオリンズの町へ
7 ホーボー・ブルース
8 朝めがさめて
9 水たまり
LOST BLUES DAYS VOL.1
2001年3月15日
CAPTAIN TRIP
1 ニューオーリンズの町へ
2 FEELIN ALRIGHT
3 水たまり
4 MR. TAMBOURINE MAN
5 颱風13号
布谷文夫:ボーカル、ハーモニカ/千葉信行:パーカッション(4、5)
*1973年7月21日 中野公会堂
春一番ライブ'74
1974年8月25日
BELLWOOD
A-4 夏バテ
*1974年5月4~5日 春一番
1974 HOBO'S CONCERTS Ⅴ(ありがとう ありがとう ありがとう)
1976年6月21日
BELLWOOD
4 冷たい女
5 深南部牛追唄~大阪へやってきた
布谷文夫&ココナツバンクス(布谷文夫:ボーカル/伊藤銀次:ギター/藤本雄志:ベース/上原裕:ドラムス/矢野誠:キーボード/山下達郎:ハモンドオルガン)
*1974年 池袋シアターグリーン
NIAGARA TRIANGLE VOL.1
1976年3月25日
NIAGARA(日本コロムビア)
11 ナイアガラ音頭
LET'S ONDO AGAIN
1978年11月25日
NIAGARA(日本コロムビア)
9 呆阿津怒哀声音頭(蘭越ジミーとオシャマンベ・キャッツ)
10 LET'S ONDO AGAIN(アミーゴ布谷)
立ち眩みLIVE
2001年9月14日
LOST PLANET
1 冷たい女
2 夏バテ
3 颱風
4 GLORIA
5 上を向いて歩こう
6 二人のブルース
7 達者でナ
8 深南部牛追唄
9 LET'S ONDO AGAIN
10 ELEANOR RIGBY
布谷文夫:リードボーカル/藤田洋介:ギター/井ノ浦英雄:ドラムス/藤田佳子:ベース/石井啓介:キーボード山本隆太:キーボード
*1999年1月29日 CROCODILE(1~9)、2000年12月30日 B.Y.G(10)
■ブラインド・レモン・ジェファーソン(第一次)
洪栄龍さん(ギター。元・ビッキーズ)は、1969年4月に、篠崎淳さん(ベース。元ブルース・クリエイション)、上村律夫さん(オルガン)、高野雅博さん(ボーカル)、今井尊さん(ドラム)の5人で「ブラインド・レモン・ジェファーソン」を結成しました。バンド名はアメリカのブルースマンの名前に由来します。7月、8月には青森、秋田のゴーゴークラブに出演し、9月には新宿「アップル」を拠点に活動しましたが、同年までで解散しました。洪栄龍さんは、DEW、乱魔堂、雪童子、スラッピー・ジョー、洪栄龍&ピーヴィー、洪栄龍&グローリー・バンドに参加します。篠崎淳さんは、DEWを経て、第2次ブラインド・レモン・ジェファーソンに参加します。上村律夫さんは、ブルース・クリエイション、乱魔堂のマネージャー兼強化メンバー、風都市のスタッフを経て、ムーンライダーズ・オフィスの社長になります。
■ブラインド・レモン・ジェファーソン(第二次)/ジェシー・ジェイムス
1970年に、ブラインド・レモン・ジェファーソンは、第2次編成により復活し、猿山幸夫さん、松吉久雄さんが在籍します。1971年に、その2人は、洪栄龍さんとともに乱魔堂を結成します。1972年には、戸塚憲吉さん(ギター、ボーカル)、高橋さん(ギター、ボーカル)、篠崎淳さん(ベース)、小林さん(ドラムス)という編成で活動を続けていました。バンド名は、「ジェシー・ジェイムス」に変わります。
■ツイン
「ジェシー・ジェイムス」は、1973年に「ツイン」に変わります。ツイン時のメンバーは、篠崎淳さん(ベース、ボーカル)、若生吉隆さん(ギター、ボーカル)、戸塚憲吉さん(ギター、ボーカル)、都築伸彦さん(ドラムス)です。同年に、ツインは、「末法」と「40日と40夜」に分裂します。
■末法
「末法」は、篠崎淳さん(ベース)、青柳孝さん(ボーカル、ハーモニカ)、ジョーさん(ギター、ボーカル)、徳永三知郎さん(ギター)、都築伸彦さん(ドラムス)、「40日と40夜」は、、若生吉隆さん(ギター)、戸塚憲吉さん(ギター)です。篠崎淳さん(ベース)は、1974年にSKY(元・ゲッセマネ)に加入します。他のメンバーは、斎藤よしかずさん(ボーカル、フルート、サックス)、森田さん(ギター)、古田たかしさん(ドラムス)です。若生さんは、同年に「異邦人」に、その後、「ボビー&リトル・マギー」に加入します。
■乱魔堂
DEWを脱退した洪栄龍さん(ギター)は、1971年2月に、松吉久雄さん(ボーカル。元・ブラインド・レモン・ジェファーソン)、猿山幸夫さん(ベース。元・ブラインド・レモン・ジェファーソン)、矢島敏郎さん(ドラムス)とともに「乱魔堂」を結成します。「乱魔」とは、メンバーやバンドを聴きに集まる聴衆の感情や想像力や肉体などの可能性の状態を示す言葉で、「乱魔堂」というバンド名は、そういう人たち(乱魔童)が集えるほこら(乱魔洞)という意味も込められています。1971年3月は岐阜、5~6月は京都のキャッツ・アイという店で演奏しました。乱魔堂のレパートリーの多くは、この京都生活の間に作られました。上村律夫さん(元ブラインド・レモン・ジェファーソン、ブルース・クリエイション)がマネージャーになり、彼がはっぴいえんどのマネージャー石浦信三さんの音楽事務所「風都市」に加わったことから、乱魔堂もその所属になりました。風都市がマネージメントしていた渋谷のロック喫茶「BYG」地下1階のライブスペースに1971年7月頃から出演するようになります。強化メンバーとして告井延隆さん(ギター)、上村律夫さん(キーボード)が参加します。1972年8月1日にアルバム「乱魔堂」を発表します。6月に山崎隆史さん(ギター。元ブルース・クリエイション、頭脳警察)が加わり5人編成となりますが同年末で解散し、バンドは「雪童子」と「フライ」に分かれます。告井延隆さんは、名古屋に帰り、1973年に「センチメンタル・シティ・ロマンス」を結成します。
乱魔堂
1972年8月1日
POLYDOR
1 ちぇ!
2 ひたすら
3 出発
4 恋の赤電話
5 風がぴゅー・ぴゅー
6 写生
7 可笑しな世界
8 一握りのブルース
9 何の為に
春一番
1972年
風都市
1 前へ上へ
2 出発
3 何のために
4 チェッ
1971 SUMMER
1989年11月25日
URC(KITTY)
1 馬鹿な男
2 百面相
3 二人のブルーズ
4 一握りのブルーズ
5 何の為に
6 一日中
7 前へ上へ
8 クロスワード
9 可笑しな世界
10 クツは白い
■雪童子
乱魔堂の解散後、1973年に洪栄龍さんと山崎隆史さんは、水口光利さん(ベース)、倉橋和雄さん(ピアノ)、たけしさん(ドラムス。尾口タケシさん?)と「雪童子」を結成しますが、音楽性の相違により短命に終わります。
■スラッピー・ジョー
1973年5月に、元・雪童子の洪栄龍さん(ギター)、水口光利さん(ベース)、倉橋和雄さん(ピアノ)に鈴木茂行さん(ドラムス)を加え結成されました。中山ラビさんのバッキングを担当します。その後、倉橋さんに代わって小林幸彦さん(キーボード)が加入しました。
■洪栄龍
洪栄龍さんは、1975年に、スラッピー・ジョーと並行してソロアルバムを発表します。演奏には、スラッピー・ジョーが参加しています。
目ざまし時計
1975年9月21日
POLYDOR
1 HOT MIGHTY CHICKEN
2 アマノジャク
3 目ざまし時計
4 ブルーズ
5 カントリー・ボーイ
6 恋のシーソー・ゲーム
7 泣き虫空
8 ノック・オン・マイ・ドア
9 夜汽車のブルース
10 夜明け
■洪栄龍とピーヴィー
スラッピー・ジョーが発展したバンドです。メンバーは、洪栄龍さん(ギター)、鈴木茂行さん(ドラムス)、小林幸彦さん(キーボード)の旧メンバーに、横山久樹さん(ベース)、横山秀志さん(ギター)が加わっています。
■洪栄龍とグローリー・バンド
更に、洪栄龍とピーヴィーが発展したバンドです。洪栄龍さん(ギター)、鈴木茂行さん(ドラムス)、小林幸彦さん(キーボード)、横山久樹さん(ベース)、横山秀志さん(ギター)に金子紀明さん(ドラムス、パーカッション)が加わります。ダブルドラムのバンドです。
■フライ
乱魔堂の解散後、1973年に、松吉久雄さん(ボーカル)、猿山幸夫さん(ベース)、矢島敏郎さん(ドラムス)は、大野久雄さん(ギター。元DEW)、滝島幹夫さん(ギター)と「フライ」を結成します。その後、滝島さんは脱退します。ライブでは、告井延隆さん(元DEW、乱魔堂強化メンバー)がサポートすることもありました。猿山さんは、ジョニー大倉さんが一時脱退した「キャロル」に「サニー」という名で、フライを休み1974年1月の1か月だけ参加しました。大野さんは、その後、荒井由美さんのバックバンドの「ダディ・オー」、「コズミック・ララバイ」に参加します。
■パフ
ブルース・クリエイションを脱退した野地義行さん(ベース)と吉田美奈子さん(ピアノ)の2人が結成した珍しい編成のグループです。1970~1971年に活動しました。解散後、野地さんははっぴいえんどのサポートを経て、霧工場に加入し、吉田さんはソロとして活躍します。
■霧工場
1972年3月に、高橋敬介さん(ギター、ピアノ)と渡辺康一さん(ギター、バンジョー、ピアノ)により結成されました。続いて、元・ブルース・クリエイション、パフ、はっぴいえんどのサポートの野地義行さん(ベース、ピアノ)、元・頭脳警察、DEWの松本恒夫さん(ギター)が加入します。最終的にはドラムスを入れ、5人組とする予定でした。野地さんとは、布谷文夫さんのレコーディング時にビクターのスタジオで会ったのが最初です。1972年10月25日に、テイチク・ユニオン・レーベルより「日向の匂いのする街」というシングルを出しています。その後、松本恒夫さんは、ハルヲフォンに加入します。
■センチメンタル・シティ・ロマンス
告井延隆さん(元DEW、乱魔堂強化メンバー、フライのサポート)が名古屋に帰り、1973年に結成したバンドです。音楽性は、はっぴいえんどの影響が大きいです。結成時のメンバーは、告井延隆さん(ギター)、中野督夫さん(ギター、ボーカル)、細井豊さん(ピアノ)、加藤文敏さん(ベース)、田中毅さん(ドラムス)です。ドラムスが、1975年に今瀬満さんに、1976年に野口明彦さん(元シュガーベイブ)に交代し、ベースが1976年に久田清さんに交代します。

