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加藤貴子&東野幸治 in 「行列のできる法律相談所」

今回の「行列のできる法律相談所」で加藤貴子さんと東野幸治さんの共演が実現しました。この2人の関係は、正確には今田耕司さんを含んだ3人の関係になります。今田さんと東野さんが大阪のMBSラジオでやっていたレギュラー番組「MBSヤングタウン」(通称「ヤンタン」)金曜日に当時Lip'sというアイドルグループに在籍していた加藤貴子さんがアシスタントに入ります。設楽りさ子さんの後任で、1992年4月のことです。加藤さんは、今田さんと東野さんの冷たい態度にストレスが溜まりついには大阪まで通っていた新幹線の車内で吐血してしまいました。このエピソードは「今田・東野のカモンファンキーリップス」などで何度も披露されておなじみです。しかし、加藤さんと東野さんのその後の共演はありませんでしたので、今田東野の長年のファンとしてはついにこの日が来たと言う感じです。ちなみに、1992年7月からは加藤紀子さんもヤンタンのアシスタントに加わり、4人体制は1992年9月まで続きました。今回の「行列のできる法律相談所」のテーマは、「心に残ったあの一言」です。加藤さんは、東野さんに言われた言葉を挙げます。再現VTRが始まりました。話は17年前にさかのぼります。加藤さん(当時22歳)は、ヤンタンの初顔合わせの日、東野さん(当時25歳)の控え室を訪ね、挨拶をします。東野さんは素っ気ない返事をします。感じが悪いと思っていると、それは序の口で、番組中に葉書の読みを噛むとちゃんと読めと顔を平手打ちされます。さらに放送の度に、アイドルなのにブサイクだから絶対売れないと言われます。毎週東京から大阪に通っていた加藤さんは新幹線の車中でもう行きたくないなと思っていると咳が出て、押さえたハンカチを見ると吐血がありました。それでも番組をやり遂げ女優の道へ進みます。売れない時代もありましたが東野さんから受けた仕打ちに比べればどんな苦労も乗り越えられました。「温泉へ行こう」で大ブレイクした今、加藤さんはこう思います。「あの時、東野さんは芸能界の厳しさを教えてくれるためにあえて厳しくしてくれたのかもしれない、ありがとう」と。こうしてVTRは終わりました。加藤さんは、VTRだとちょっとの血だったけど本当にバッと出てそのまま病院に行ったと訂正します。顔の平手打ちも1回じゃなく、叩くのがすごい上手いと言います。加藤さんが可愛いかったから口説こうとしたのではという問いに、毎回ブサイクと言われて絶対違うと否定します。金曜日のお昼になるとお腹が痛くなったと言います。東野さんは芝居しているとツッコミます。だんだん仲良くなって、謝ったと言います。しかし、謝ってもらった事なんて無いと強く否定されます。VTRを観てる途中で何か言ったかなと忘れていたことが暴露されます。「温泉へ行こう」で売れてから、TBSの緑山スタジオで二人が違う仕事で来てたことがあり、東野さんが会いたいと言っていた事が加藤さんに伝わりましたが、加藤さんから会いたくないという伝言を受けました。今日、加藤さんが久しぶりに会ったら、「何で来たん?」とまず言われ、「加藤言っとくけど、俺変わったで、変わったからな」と釘を刺されました。昔の事は絶対に言うな、今大事な時期だからということです。この共演は紳助さんが企図したものです。トライアスロンであんまり東野さんの評判が世間でいいので、この情報をつかんで連れてきたのです。東野さんは訴えます。頑張りすぎたら何でこんな仕打ちが待っているのかと。加藤さんはトライアスロンを観て、不覚にも感動して泣いてしまいました。終わってちょっと経って、「え?ちょっと待って、いやいやいやダマされちゃダメだぞ」と思い直しました。東野さんは感動して終わったらそれでいいと言います。加藤さんは、このイメージアップキャンペーンが腑に落ちなかったのです。東野さんは、加藤さんにハンカチを投げつけ、一斉に非難されます。久しぶりに東野さんのアイドルいじりを見ました。「天使のUBUG」、「カモンファンキーリップス」、「ごっつええ感じ」の「キャリー東野」などで何度もあった光景です。険悪というものでもなく、離婚した夫婦漫才師みたいな感じです。加藤さんとのヤンタン時代のエピソードはもう一つあって、ananの女性ヌード特集にLip'sメンバーの吉村夏枝さんが載っているのを東野さんが見つけて、加藤さんが初めて知ったというものです。

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